THE IMPRESSION
オンロード、オフロードという大別はもちろんのこと、オンで言えばスポーツバイク、レプリカ、クルーザー、アメリカン、オフでもモトクロッサーやエンデューロ、トライアルなどなど、オートバイの車種が当たり前のように細分化されている現代だが、かつてはひとつのモデルに様々な改造を加えることで、どんな使用条件にも対応させることが当たり前だった。
その最たるベースモデルはハーレーダビッドソンで言えばWL、英国生まれのトライアンフなどもまさしくそれだ。
WLは(レーシングモデルであるWR系も含め)フラットトラックからスピードウエイ、オフロードにおける様々なシチュエーションに重用され、そこから発生したボバースタイルはチョッパーカルチャーの始祖ともなった。
エンジン/フレームの軽さや4カムゆえのチューニングポテンシャル、ベースモデルとしてのコストパフォーマンスなどにより、レースシーンにおいて重宝な存在であったWLだが、たとえばヒルクライムやスピードトライアルのような絶対パワーがモノを言う舞台ではビッグツインが選ばれた。
アメリカのバイカーたちの中には、かつてはモトクロスに熱中していた“元“オフロードキッズが少なからず存在する。オフロード遊びが極めて身近なのはアメリカのバイクシーンの特徴のひとつであって、モトクロスキッズからハーレーバイカーへというのは、バイク好きに生まれついたアメリカ人が通る道として一般的なのだ。そうした連中は言うまでもなくオフロード遊びが好きだし、バイク扱いにもたけている。
このナックルダートを作ったグラント・ピーターソンもそんな一人。ボーンフリーの主催者であるグラントは相棒のハープーンとともに、ルーザーマシンというウエアブランドやショップ・サイクルロッヂを営み、バードフォークを復刻させた、ウエストコーストのバイクシーンを牽引する男である。SNSにアップされたグラントの走りを見て「すっげえオモチャ、作ったな」と思っていたが、そいつが船場に届いたのである。WLでなくナックル、というのがグラントらしさなのだろう。
アメリカではレースオブジェントルマン、日本では千里浜サンドフラッツ。東西2つのレースがハーレーワールドに与えた影響は決して小さくはない。それまで(特に日本においては)縁遠かったハーレーとオフロードをリンクさせ、新たなムーブメントが起こったのだ。埼玉の桶川ではウルトラマニアックなハーレー仲間がフラットオーバルトラックに熱中している。アメリカのようにいろんなオフロードレースにたくさんのバイカーが集まるような状況は望むべくもないが、オフロード遊びが大好きな俺としては、こんなムーブメントが細く長く続いて行くことを切に願う。そのうち俺も、などと思いつつ一向に腰が上がらない自分自身が情けないのだが。
バイクを持ち込んだ南大阪のプラザ坂下は、広大なエリアを2000円で走り放題のオフロード・パラダイス。見晴らしのいい小高い丘の上でナックルダートをトランポから下ろした瞬間、あたりの空気が変わった。ボーンフリーが開催されるオークキャニオンか、サンタモニカの北に広がるトパンガキャニオンか。どこでもドアでカリフォルニアのバイカーズメッカに瞬間移動した気分だ。
74キュービックの42ナックルモーターをVLのフレームに搭載するダートマシン。20~30年代を彷彿するシルエット&カラーグラフィックながら、自分たちのプロデュースするバードレプリカのテレスコピックフォークが実にフィットし、時代を超越した雰囲気が漂っている。取り回しはすこぶる軽く、車格は現代の125ccクラスのオフ車のよう。跨ってみる。グラントは大男だがポジションは意外とタイト、ワイドなハンドルバーと低いシートゆえバイクの上の体重移動も自由にできそう。これは走りそうだな、ワクワクがイッキに昂った。フロントノーブレーキ、スーサイドクラッチにタンクシフトのチョッパーセットアップはさておくとして。
マグネット点火ゆえかキックスタートにしばしてこずるが、火が入ると胸のすくサウンドが青空めがけて轟いた。とはいえ音質はマイルドで、どうやらストレートパイプではなくサイレンサーを使っているようだ。
クラッチを踏み込みタンクシフトでローに入れペダルをリリース、スロットルを開けて加速し、ほどよく整備された広いダートをまずは一往復。うん、問題なし、予想通りというより予想以上の扱いやすさじゃないか。くるりと左に向きを変えて大きくスロットルを開ければ、“ガリガリッ”とリアタイヤがドリフト。左足を出してフロントエンドをカウンター気味にマシンを抑え込み、スタンディングポジションでさらにアクセルを開けてやる。ローギアホールドのまま回転を引っ張って、スロットルを戻してターン、再加速。存分にダートを駆け巡る。
こりゃあ楽しいっ。
まずはナックルヘッドのパワーフィール。クラッチをつないだままの極低速でもエンストの心配なく粘り強いトルクを発揮し、お世辞にもパワフルとは言い難い吹き上がりはダートでは扱いやすさという武器になる。
車体の軽さしかり。大きく車体が傾いても片足で十分に支え切れるし、低いシートとゆったりしたハンドルバーでポジションの自由度も高い。コッカーが復刻したファイアストンの“オール・ノンスキッド”タイヤはオンオフ両用のデュアルパーパスだが、この日の路面コンディションと非常に相性が良く、グリップしてもスライドさせてもコントローラブル。
つまり俺レベルのダート好きライダーにとって、この上なく扱いやすいワケ。自分の技術の範疇で、思うがままにマシンをコントロールできる快感。扱いやすい旧車、というより扱いやすいダートバイクだ。
調子に乗ってモトクロス用の練習コースに乱入。さすがにジャンプセクションは自粛申し上げたが、路肩にバンクのついたフカフカのコーナーセクションなんかはかなり攻めても平気。欲を言えばバードフォークのスプリングレートがもう少し硬ければもっとイケそうだけど(とはいえスプリンガーよりはるかにモダンだ)、楽しいぞ、文句なしに。
OHVモーターを積むには高さの足りないVLフレームをまったく違和感なくフィットさせた手法。シングルダウンチューブとバードフォークのバランス。ワンオフしたフューエルタンクのシルエットと大きさの妙。一分の隙もなくとりまわした配管や配線。この一台はカスタムバイクという視点から見ても、すごくよくできている。
極上のビンティッジにしてハイセンスなカスタム、そしてオフロードを遊び尽せるポテンシャルが与えられたダートバイク。バイクで遊ぶ達人が自分のために作り上げた、このなんと贅沢な遊び道具よ。