世界一周中のフランス人、ジョーのこと

11月10日、見知らぬ外人からフェイスブックでメッセージが入った。

Hi man. I’ve just read an article about you in a french webzine called zoomjapan and a lot of what you said sounded familiar to me !

I’m actually doing a worldtour on a Sportster, I arrived in Japan two days ago and last night was wild camping on the side of lake shinji !! I loved it ! I’m gonna go to HRCS in December, any chance to meet you and say hello ?

Joachim

ハイマン。私はあなたのことをフランスのウエブマガジンで読みました。あなたの言っていることは私にとって共感できるものでした。私は今スポーツスターでワールドツアーをしています。2日前に日本に着き、昨夜は宍道湖でキャンプしました。素晴しいところです! 12月のロッドショーに行くのでその時に会えるチャンスはありませんか? 

そういえば数年前、友人のフランス人が俺のことをインタビューして フランスの雑誌で記事を書いたっけ。それをウエブサイトで読んだのだろう。スポーツスターで世界一周中のフランス人。名前はどう読むんだろう、ジョアチム? これも何かの縁、さっそく返事を打った。

ヘイガイ、日本へようこそ! ぜひ会おう。横浜のオフィスにいつでも来てくれ。See you soon.

すぐに返事が来た。

最高! 今境港にいます。東に向かいながらあちこち回って、ロッドショーの数日前にはそちらに行きます。ありがとう。

こっちに来たら俺のオフィスに泊まるといい、ホットシャワーもあるぜ、とメッセージ。いうまでもなく答えは“もちろん!”だ。

14日、今大阪にいる。これから和歌山に向かう、とメッセージ。紀伊半島の南端にある潮岬キャンプ場が最高だぜ、しかもタダ、と返事を送る。その後音沙汰なく一週間ほど経過し“今どこ?”とメッセージを送ると、“よく分からない、でも明日には横浜に着きます”と返事。その翌日、“雨で今日はもう走らない。明日は間違いなく到着するが、オフィスにいますか?”。そうして11月23日夕刻、彼はやって来た。大きな荷物を括り付けた古ぼけたスポーツスターに乗って。

初めて会う素性も知らないガイジンを自分の家(今回はオフィスだが)に泊めるというのは、きっと無謀な行為なのだろう。しかし世界一周中のバイカーというだけで信じられる。もしそいつが何か問題を起こしたところで、それは俺の責任。これはバイクの長旅の素晴しさだ。

ジョーと呼んでくれ、と彼は言った。長身痩躯のフランス人、デニムのカットオフの背中には“Sportstour”のパッチ。短髪に髭、薄汚れたジーンズ、その風体には世界一周中のオーラを纏っていた。たぶん今日は疲れているだろう。ちょっとした挨拶と自己紹介を交わし、暖房やガスの使い方を説明して、“Here is your Yokohama home. Hava a good sleep”と俺はは帰宅。ちなみに和歌山では潮岬キャンプ場に泊まったらしい。最高のロケーションだった、と親指を立てた。

翌日、彼の人となり、旅に出た理由をじっくり聞いた。

本名Jeachim GARNIAUX、読みはジョアキム・ガーニオゥクス、30歳。ジョーは北フランスの田舎町で生まれ育ち、地元の高校を中退。ライティングエンジニアとして働き始めた。

「学校はまったくつまらなくて、高校を辞めてしばらくは毎朝学校に行くふりをして家を出ていたけれど、ふらふらしているところを近所のおばさんに見つかって母に告げ口されて。彼女は学校をやめたことは何も言わなかったけど、『すぐに仕事を見つけて働きなさい』。それで舞台やイベントの照明の仕事を始めたんだ」

 初めてのバイクは15歳で乗ったスクーター。母親がバイクに乗ることを許さず、バイクの免許を取ったのは一人暮らしを始めた22。ホンダの125を購入し、その翌日にドイツの友人の家に向かって旅に出た。

「とにかく走りたかった。行先はどこでも良かったんだ。目の前の道をどこかに向かって、ハンドルを握り続ける。それだけで文句なく楽しかった」

 その後23の時に父親が亡くなり、残されたいくばくかの遺産で一年間ニュージーランドをバックパックで旅した。帰国してスズキの650を購入、冬であたりは雪が積もっていたが、その日に400km離れた町に住む兄を訪ねた。トライアンフの900に乗り換えた日には南フランスへ。バイクや金を手に入れるとどこかに行かずにいられない。どうやらジョーは根っからの放浪者だ。ちなみに今回の世界一周の資金は今年亡くなった祖母の遺産だという。

「25の時には付き合っていた彼女が仕事でカナダに一年移住することになり、俺も一緒にカナダに行った。この時は誰も死ななかったから、トライアンフを売ってね(笑)」。

 帰国してヤマハのXT600を手に入れ、しばらくはライティングエンジニアを続けたが、ギャラは悪くないものの夜は遅い、休みはない、もし断ったら次の現場は回ってこない。嫌気がさして仕事を辞めた。次の仕事は何にしようかと考えていると、彼女それがこう言った。

「あなた、何か好きなことはないの?」

そうか、俺が好きなのはオートバイ。そういえば道でバイクが壊れても、自分では何もできないじゃないか。そうして一年間メカニックスクールに通い、地元のハーレーショップを手伝い始めてスポーツスターを手に入れた。

 なぜ世界一周に出ようと思ったんだい?

 こう聞くとジョーはしばらく答えに詰まった後、語り始めた。

「Meet people&Fun. 人との出会い、そして楽しみ。ユーチューブで世界中どんな場所も見られるけど、それはリアルじゃない。Life is short, for fun. 人生は短い、そしてそれは楽しむためにあるんだ。月曜から金曜まで、9時から5時まで、一生同じ会社で働き続けていくもの良いんだろうけど、それは俺の人生じゃない。いろんなことをしたいんだ。

 人生にはいろんなタイミングがある。祖母が死んで、少しばかりまとまった金をもらって、俺にはワイフも子供も犬もクルマも何もない。このタイミングで旅に出ない理由を探すのは難しいさ」

 旅に出る前、フランスからベルギー、イングランド、アイルランドをテストラン。5000kmの旅で自信をつけ、6月13日、パリから4時間ほどの田舎町の住処を走り出した。

まずはドイツ、デンマークを走ってスカンジナビア半島へ。スウェーデン、ノルウェー、フィンランドを経由してロシアに入り、モスクワからユーラシア大陸を東に向かって走り続けた。途中で南下してカザフスタンに立ち寄り、ロシアに戻って再度南下しモンゴルへ。しかしモンゴルではトラブルが続出した。

「モスクワからウラジオストックを結ぶハイウエイはすべて舗装路で快適そのものだけど、ウランバートルを目指してモンゴルに入った瞬間からダートロードさ。あちこちで路面が荒れていてえらい目にあった。何度も転倒するは、シッシーバーが取れて荷物ごと落ちるは、おまけにイグニッションモジュールが壊れてウランバートルまで車で運んでもらった。まったく、モンゴルはバイクキラーだ! ウランバートルでアメリカのディーラーに連絡したら『OK、DHLのエキスプレスで送るから一週間で着く』と言われたけど、結局4週間待ったよ」。

 ようやく復旧してロシアに戻ると、あたり一面雪景色。こりゃあもう走れないと観念してシベリア横断鉄道にバイクを積んでウラジオストックへ。そこからオーストラリアにバイクを送るつもりだったが、SNSでホットロッドショーがあることを知り、行先を日本に変更。そうしてジョーは編集部=横浜の我が家へやって来たというワケだ。編集部までの総走行距離、1万9367km。これは5000kmのテストランを除いた距離、鉄道を使わなければあと4000kmほど伸びていたはずだ。

 横浜の我が家を出発したら福岡からフェリーで韓国に向かい、そこから船便でスポーツスターをオーストラリアへ(日本より韓国からの方が輸送代がずいぶん安いらしい)。バイクが到着するまでの22日間はバックパックでタイを回るらしい。クリスマスはタイのビーチでのんびりしながら一服さ、隣に女の子がいれば文句ないね、と幸せそうに笑った。オーストラリアを一周してニュージーランドに渡り、かつてバックパックの旅で出会った友と再会。再度船便でアルゼンチンへバイクを送ってチリ、ペルー、エクアドル、コロンビア、USA、カナダ。南北のアメリカ大陸をめぐり、ケベックからフランスに戻る。これがジョーのプランだ。今のところ。

 I have no plan. No plan is best plan.

予定はない。最高のプランはノープランさ。

ジョーは言う。その通りだ、と俺も思う。あそこに行こうここも行こう、あそこであれを見てこれを食べよう……旅の前にいろいろ下調べするのは楽しい。しかしひとつの旅が旅人に与えてくれる楽しみは総量があらかじめ決まっていて、出発前にそれを使いこんでしまうと実際旅に出た時の楽しみが減っていく。色々な旅を重ねた俺は実感としてそれを知っている。

行先を検索すればするほど、実際にそこに到着した時になにやら見たことのある場所のような気分になるし、期待が大きくなりすぎれば“なんかそれほどでもなかったな”などという羽目になりかねない。足の向くまま、気の向くまま、初めて見る目の前の風景に身を置くこと。それこそが旅の醍醐味、世界一周だろうが2泊3日だろうが変わらない。

ジョーの旅の総予算はおよそ400万円。一日の予算は平均すると60ドルほどらしい。一日7000円として一か月20万円、1年240万。2年弱の旅が可能な計算になる。

「楽しみとカネが続く限り旅を続けるさ」とジョー。地球を一周してフランスに戻るか、途中で飽きるか、持ち金が尽きるか。それが彼の旅だ。あるいは南米あたりでいい女とねんごろになって、そのまま不法移民として生きていくか。いうまでもなく女好きのフランス人、そんな結末だってありうるよな。

 Too Free.

ある時ジョーはこう言った。自由すぎる。ありふれた二つの単語と言い回し。でもこのセリフを聞いたのは、この時が初めてだった。Too free. これこそが今のジョーだ。

編集部を根城にし、ロッドショーやフラットトラックパーティー、ラーメン屋にすき家、10日ほどの時間をともにしながら、ふと気がついた。俺たちは同じ時間を同じ空間で過ごしながら、実はまったく異なった次元を生きていることに。

ジョーの “今”には、地球のどこかに向かってスポーツスターのスロットルを握り続けること以外、やるべきこと、やらなければならないことは何一つない。自分の時間の100%が自分自身のためのものだ。対する俺は編集長としての俺であり、父として夫としての俺であり、まだゴールが見えない〆切に意識を支配された俺である。同じものを見て同じ音を聞き、同じものを食いながら、俺とジョーはまったく異なる時間を生きている。どちらがいいとか悪いとかの話しではなく、それはすごく新鮮な発見だった。そしてジョーもいずれは旅を終え、俺たちと同じ時間へと戻る日がやってくる。それまで彼は“Too free”だ。これが旅、だからこそ旅は素敵だ。

続きはHBJ167にて

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